東京地方裁判所 昭和57年(ワ)8787号 判決 1985年4月26日
原告
韓元守
右訴訟代理人
鎌田寛
被告
朝銀兵庫信用組合
(不動産登記簿上の名称共和信用組合)
右代表者代表理事
林龍寿
右訴訟代理人参事
成孝烈
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の各不動産についてなされた別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件各不動産」という。)を所有している。
2 本件各不動産につき被告のため別紙登記目録記載の各登記が経由されている。
よつて、原告は、被告に対し、所有権に基づき、右各登記の抹消登記手続をすることを求める。
二 請求原因に対する認否
全部認める。
三 抗弁
被告は、昭和四五年八月一四日、訴外金丁民(以下「訴外金」という。)に対し、三〇〇〇万円を弁済期昭和四六年二月一四日、利息日歩三銭、遅延損害金日歩七銭との約で貸し渡したが、原告は、右貸金の担保として、同月一二日、被告との間で、原告が本件各不動産について、元本極度額を二五〇〇万円とする根抵当権を設定し、同じく右債務の担保として、右債務の履行遅滞がある場合には、被告の任意の選択により、右各不動産の価格を右債務額と同額とみなして、右債務の弁済に代えて右各不動産の所有権を原告から被告に移転することができる旨の代物弁済予約を締結した。
四 抗弁に対する認否
原告は、はじめ抗弁事実を認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、右事実を否認する。被告は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であつて、同法第九条の八所定の事業のうち定款に定めた事業を行なうものであり、その目的事業の範囲内でのみ権利能力及び行為能力を持つものであるというべきところ、右の三〇〇〇万円の貸付は、被告と朝鮮問題研究所及びその生涯賛助会員でありかつ兵庫県に在住し、被告の組合員である訴外金が協議のうえで朝鮮問題研究所がその必要とする資金を被告から借り入れるに際し、組合員である訴外金の名義を利用したものであつて、実際の借主は朝鮮問題研究所であるから、右貸付は、いわゆる員外貸付というべきであり、したがつて、被告の目的事業の範囲外の取引として無効というべきである。
五 再抗弁
1(虚偽表示)
抗弁で被告が主張する訴外金、被告間の三〇〇〇万円の金銭消費貸借契約は、右契約当事者双方とも契約上の債権債務を発生させる意思を有しないにもかかわらず、前叙の被告の朝鮮問題研究所に対する員外貸付をあたかも組合員である訴外金に対する貸付であるかのごとく装つて員外貸付を隠ぺいするため訴外金と被告が通謀のうえ仮装したものである。
2(時効消滅)
(一) 抗弁記載の消費貸借契約締結の日である昭和四八年八月一四日からすでに五年又は一〇年の期間が経過した。
(二) 原告は右時効を援用する。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実は否認する。
2 再抗弁2の時効の起算点が昭和四五年八月一四日であることは争う。前記消費貸借契約においては、貸金の弁済期は昭和四六年二月四日と定められた。
七 再々抗弁(抗弁2に対し)
1 被告と訴外金は、昭和五〇年九月三〇日、前記貸金元金の弁済期を同年一〇月一日に変更する旨の合意をした。
2 訴外金は、昭和五三年一二月二〇日、被告に対し、前記貸金債務を承認した。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
二そこで、次に、抗弁事実のうち、被告、訴外金間の消費貸借契約締結の事実について検討する。
被告は、この点につき、被告が昭和四五年八月一四日、訴外金に対し、三〇〇〇万円を、弁済期昭和四六年二月一四日利息日歩二銭、遅延損害金日歩七銭との約で貸し渡した旨主張しているところ、原告は、はじめ、右主張事実を認めたがその後、右自白は真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるとしてこれを撤回し、右消費貸借契約における借主は訴外金ではなく、朝鮮問題研究所である旨主張するので、まず右自白の撤回の許否について判断するに、<証拠>を総合すると、その借主が誰であるかはさておき、被告が昭和四五年八月一四日、三〇〇〇万円を弁済期昭和四六年二月一四日、利息日歩二銭、遅延損害金日歩七銭との約で貸し渡したこと自体は認められるところ、証人金丁民は、右金員の借主は訴外金である旨証言し、<証拠>によれば、右三〇〇〇万円の授受に関して作成された契約書(乙第六号証)上では、右金員の借主は訴外金とされており、しかも訴外金が右契約書に借主として署名捺印していること、被告の右貸付実行の際、訴外金は、被告に対し、右金員と同額の金額の約束手形を振出交付し、その後も、被告の求めに応じて、右金員についての借入債務の存在を認める旨の書面を作成したり、被告との間で、右債務に関する公正証書を作成しているとの事実が認められるが、他方、<証拠>を総合すると、被告が前記の三〇〇〇万円の貸付を実行するに至つた経過は、その直前ころに当時三〇〇〇万円の資金を必要としていた朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事が被告に対し、本件各物件をその所有者でありかつ朝鮮問題研究所の関係者であつた原告の承諾を得たうえで担保に供するからということで三〇〇〇万円の資金の融資を依頼したが、被告は、朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事が被告の組合員ではないため、被告の組合員以外の者に対する貸付は、いわゆる員外貸付として違法であるからとの理由でこれを拒絶したところ、今度は、朝鮮問題研究所の賛助会員でありかつ被告の組合員でもある訴外金が被告に対し、やはり本件各物件を担保に供するからということで右と同額の金員借入れの申込みをしてきたので被告においてこれに応じたというものであること、訴外金と原告は、右貸付実行当時は全く面識がなかつたこと、右貸付手続において、訴外金は、被告に対して借入申込書(乙第三号証)を提出したが、これには訴外金の職業は「土建業」と記載され、借入事由は「既購入分の宅地造成費用」と記載されたが、右の記載はいずれも虚偽である(当時訴外金は月収一〇万円程度の教員であつた。)こと、右貸付実行の際には、訴外金とともに、朝鮮問題研究所や有限会社新星商事の関係者が同席し、しかも、同人らは、その際、朝鮮問題研究所申煕久及び有限会社新星商事の共同名義で、右借入金については朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事が直接被告に弁済する旨の誓約書(乙第一二号証)を作成し、これを被告に差入れていること、右貸金の利息は有限会社新星商事がその名又はその関係者の名で支払つたこと、前叙の公正証書(乙第一号証)、念書(乙第二号証)の作成にあたつては、訴外金は、朝鮮問題研究所の関係者と相談したうえで、右各書面に記載されている分割金の額を決定していることを認めることができ、(以上の認定を覆すに足りる証拠はない。)、右認定の諸事実を勘案すれば、前記の三〇〇〇万円の借主は書類上は訴外金とされてはいるものの、それは、被告から実際に右金員の融資を受ける必要のあつた朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事が被告の組合員ではないため、被告がこれに対して貸付を実行することは、いわゆる員外貸付となつて問題となるため被告、朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事、訴外金の三者が協議のうえ、形式上、これを被告の組合員である訴外金に対する貸付であるかのごとく装つたものにすぎないものであつて、結局、右三〇〇〇万円の借主は朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事というべきであり(右金員の借主が訴外金であるとする証人金丁民の証言は前掲各証拠と対比してたやすく措信できず、前掲の訴外金を右金員の借主として扱つている又は訴外金自身が右金員の借主として署名している乙第一ないし第三号証、第五ないし第一〇号証、第一四号証の一ないし四が存することは、前記認定の諸事情からすれば、右三〇〇〇万円の借主を訴外金ではなく朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事とみることについての障害とはならない。)、結局、原告の右自白は、真実に反するものというべきであり、また、右の自白の撤回が問題となつている事項が、右のごとく形式上の借主と真の借主とが相違するという微妙な判断の必要とされる事項であるうえ、右貸付に関する書類上は、原告の自白のとおり、訴外金が借主とされているとの事情、<証拠>を総合することによつて認められる原告が右金員借入の交渉には全く関与していないとの事情に鑑みれば、原告の右自白は錯誤に基づいてなされたものと推認される(右推認を覆すに足る証拠はない。)から、右自白の撤回は許容されるものというべきである。
そして、証拠上は、右三〇〇〇万円の借主が被告の組合員ではない朝鮮問題研究所すなわち有限会社新星商事であると認められることは前叙のとおりであるので、次に、被告のごとき中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合がその組合員以外の者に対して貸付を行なつたものというべき右認定の被告と朝鮮問題研究所との間の消費貸借契約の効力について判断するに、信用協同組合は、同法第九条の八第一項、第二項所定の業務のうちその定款において目的として定めた業務の範囲内において権利を有し義務を負うものであるところ、信用協同組合の組合員以外の者に対する貸付すなわちいわゆる員外貸付は、同法第九条の八第一項、第二項所定の業務の範囲内に属する業務ということはできず、また、原則として、当該信用協同組合が法人として活動するうえにおいて必要な行為とみることもできないし、右消費貸借契約についてこれが被告が法人として活動するうえにおいて必要なものであるというべき特段の事情が存するとも考えられない。そうすると、結局、右消費貸借契約締結は、被告の目的の範囲外の行為であり、被告がこれをなすことは許容されないものというべきであり、その効力を否定されざるをえないものというべきである。
そうすると、被告が抗弁で主張する根抵当権及び代物弁済予約については、その被担保債権が存在しないことになるので、抗弁は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
三以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官窪田正彦)